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新潟地方裁判所 昭和34年(わ)47号 判決

被告人 桑原時男 外八名

主文

1、被告人桑原時男、同北沢勝、同吉川健助を各懲役六月に、

被告人樋口信司、同清野寅次郎を各懲役四月に、

被告人田沢重助、同鶴巻長人を各懲役三月に、

被告人渡部薫、同渡辺栄次郎を各懲役一月に

処する。

2、但し、この裁判確定の日から、被告人桑原時男、同北沢勝、同吉川健助に対し各二年間、被告人樋口信司、同清野寅次郎、同田沢重助、同渡部薫、同渡辺栄次郎、同鶴巻長人に対し各一年間当該各刑の執行を猶予する。

3、訴訟費用は末尾添付の別紙記載のとおり被告人らの負担とする。

4、本件公訴事実中、被告人北沢勝、同樋口信司、同清野寅次郎が昭和三三年一一月二二日午前一一時四五分頃東三条駅々長事務室において、共謀して同駅々長櫛谷直一に対して暴行を加え、以て同駅長の列車監視等の公務の執行を妨害したとの点につき、被告人らはいずれも無罪。

理由

目次(略)

(被告人らの経歴、地位)

被告人桑原時男は(本件当時である昭和三三年一一月から一二月末日まで以下同じ)国鉄労働組合新潟地方本部(以下国労新潟地本と略称する)の専従職員として国労新潟地本の執行委員をしていた者、被告人北沢勝は国労新潟地本西吉田支部執行委員兼同支部東三条運輸分会副委員長をしていた者、被告人樋口信司は東三条駅貨物掛として勤務し、同時に国労新潟地本西吉田支部東三条運輸分会委員長をしていた者、被告人清野寅次郎は東三条駅予備駅務掛として勤務し、同時に国労新潟地本西吉田支部東三条運輸分会東三条駅班副委員長をしていた者、被告人吉川健助は東三条駅の予備駅務掛として勤務し、同時に国労新潟地本西吉田支部副委員長兼同支部東三条運輸分会東三条駅班委員長をしていた者、被告人渡部薰は西吉田駅の予備構内手として勤務し、同時に国労新潟地本西吉田支部青年部副部長をしていた者、被告人田沢重助は国労新潟地本西吉田支部の執行委員長をしていた者、被告人渡辺栄次郎は国鉄東三条駅操車掛として勤務し、国労新潟地本西吉田支部東三条運輸分会東三条駅班副委員長をしていた者、被告人鶴巻長人は国労新潟地本新津支部執行委員をしていた者である。

(本件発生までの一般的経緯)

昭和三三年一〇月初め、政府は当時開会中であつた第三〇回臨時国会に警察官等職務執行法(以下警職法と略称する)の一部を改正する法律案を提出したが、この改正案は警察官の権限を拡大強化する一方、その規制の基準が明確でなく警察官による権限濫用の虞れが多分にあり労働者の団体行動権ひいては国民の基本的人権が侵害される危険が大きいとして国民各層の関心の的となり、自由人権協会、護憲弁護団、日本学術会議、各大学教授団、文芸家協会、主婦連等政界、学界、言論界その他国民各層から広範な批判が起り、日本労働組合総評議会、全日本労働組合会議等多数の団体からなる警職法改定反対国民会議が結成され、組織的、統一的な反対運動が展開されるにおよんだ。

国鉄労働組合も警職法改正が実現した暁には労働者の権利が侵害され、労働運動に弾圧が加えられるとして警職法改定反対国民会議に参加し、国労中央本部の指揮の下で反対運動を行つていたが警職法改定反対国民会議傘下の各労働組合が警職法改定反対第四次統一行動として昭和三三年一一月五日に一斉に抗議行動を実施することを決定するや、国労中央本部においても右統一行動に参加することを決め、同年一〇月下旬頃各国労地方本部宛に警職法改正反対を主目的とし、同時に仲裁々定の完全実施、年末手当二ヶ月分要求等の経済要求も含め、これらの意思を表示するため同年一一月五日に各支部毎に勤務時間内三時間の職場集会を開くよう指令した。国労新潟地本においても国労中央本部からの第四次統一行動実施に関する前記指令を受けるや、新潟地本斗争委員会において、前記の斗争目的で各支部毎に勤務時間内職場集会を開くこと、この実施時刻は派遣斗争委員に一任するよう決議し、管内各支部にその旨の準備指令を発していたが、同年一一月四日に至つて右実施計画の一部を改め、職場集会実施地区を西吉田支部の東三条地区を含む三地区と決定した。

被告人桑原時男は国労新潟地本西吉田支部の派遣斗争委員として東三条地区の斗争指導をすることとなり、同年一一月四日夕刻から東三条駅構内にある東三条運輸分会事務所において国労新潟地本西吉田支部、東三条運輸分会、同施設分会各班の役員とともに戦術会議を開き、一一月五日は午前八時二〇分から三時間の勤務時間内職場集会を開くこと、国労組合員は勿論国鉄新潟地方労働組合所属の組合員、非組合員に対しても職場集会参加を呼びかけるとともに各職場に不参加者に対する説得員を派遣すること、同時に部外友誼団体に対しても職場集会に参加することを求め強力な抗議行動を実施することを決定した。

一方、新潟鉄道管理局側においては、国労の企図する右職場集会は公共企業体等労働関係法に違反する違法行為であるとの見解から、東三条駅長櫛谷直一をして所属職員に対し右職場集会は違法であり、これに参加する場合は懲戒処分のなされる虞れのあることを告げさせ、警告を与えるとともに、同月四日新潟鉄道管理局営業部総務課長八木源治外同局職員および鉄道公安職員ら十数名を東三条駅に派遣し、櫛谷東三条駅長ら非国労組合員とともに列車の正常運行確保の措置を講じさせた。

A  (警職法改正反対斗争運動に基因する所謂東三条駅事件)

(昭和33年11月5日の事件)

第一、国鉄弥彦線東三条駅ホームにおける事件

一、(経緯)

昭和三三年一一月五日被告人桑原時男、同北沢勝の両名は、午前七時三〇分頃から三条市田島所在日本国有鉄道東三条駅構内の電力分区、線路班等各職員詰所を廻つて職員に対し職場集会への参加を呼びかけていたところ、同日午前七時四〇分頃同駅弥彦線ホームにおいて、同駅助役坂田政雄が国労の職場集会を支援するために同ホームに到着した友誼団体員らが集札口を通らず、直ちに同ホームの跨線橋脇を抜け、同ホーム北端から構内線路を横切つて国労東三条分会事務所に赴こうとするのを右跨線橋附近で止め、跨線橋を渡るよう指示しているのを目撃し、当局側においては従来同ホーム北端から線路を横切つて前記分会事務所に赴くことを容認していたのに拘らず、当日に限つて突如このような通行禁止の措置をとるのは職場集会を妨害しようとすることにほかならないものと考えて憤慨し、直ちに被告人両名は相ついで前記弥彦線線路を横切つて右ホームにかけ上り、同所において交々坂田政雄に対し、同人の措置を強く抗議したが、その際

二、(罪となるべき事実)

(1) 被告人桑原時男は、右弥彦線ホームにおいて、右坂田政雄(当四七年)に対し「この野郎何を言つているんだ」と言いながら両手で同人の胸倉を突き飛ばし、同人をして同ホームから線路上に落下せしめる等の暴行を加え

(2) 更に被告人北沢勝は、右同所において、ホーム上に上つて来た坂田政雄に対し「お前、今日になつて通さんとは何を言つている」などと言いながら同人の胸倉を掴んで振り廻し、同人をして再び線路上に落下せしめる等の暴行を加え

たものである。

第二、同弥彦線第二八号転換器附近における事件

一、(経緯)

国労新潟地本西吉田支部においては同日午前八時二〇分頃から、前記分会事務所前で職場集会を挙行するとともに、国鉄信越線北部第五一、五二号転換器、同南部第二一、二二号転換器等に一〇名ないし三〇名の国労組合員および友誼団体員を説得員としてそれぞれ派遣した。

一方国鉄当局側は同日午前八時五〇分頃に至つて信越線北部第五一、五二号各転換器が占拠され、転換できない状態にあることを知り、直ちに第五一号転換器を占拠していた国労組合員ら約三〇名に退去を求めるとともに鉄道公安職員らとともに占拠者らを排除しようとしたが果さず、遂に三条警察署に対して警官隊の出動を要請し、これらの応援を得て同日午前九時二〇分頃に漸くこれが排除に成功したが、その後国労組合員らは続々と国鉄弥彦線南部第二八号転換器附近に集まり、約四、五〇名の国労組合員らが右転換器附近に佇立しこれが転換を妨害したため、弥彦行二一四列車(定刻九時五七分発、当日一四分遅延)の出発に支障を来すに至つた。

二、(罪となるべき事実)

(1) 被告人桑原時男は、同日午前一〇時三〇分過頃、東三条駅長櫛谷直一の命を受け、右第二八号転換器の転換器の転換に赴く同駅助役加藤栄吉(当四八年)を東三条駅構内信越線南部第二一号転換器附近で目撃し、同人の傍にかけ寄り第二八号転換器の北方約三〇米の弥彦線上り軌道上において、同人の左手首を片手で掴み、片手で右肩を押え、同所から約一一米離れた仁井田与吉の官舎前まで引張つて連行する等の暴行を加え、以て右加藤の前記公務の執行を妨害し

(2) 被告人渡辺栄次郎は、前示職場集会に出席した後、同日午前九時過頃から他の国労組合員、友誼団体員らとともに弥彦線南部第二八号転換器附近に赴いたものであるが、前記のとおり加藤助役らの転換作業が国労組合員の妨害によつて不能となつたことから、櫛谷東三条駅長は同駅助役坂田政雄に右転換器の転換を命ずるとともに、前記八木源治外鉄道公安職員ら約二〇名とともに右第二八号転換器附近に至り、占拠者を実力で排除しようとしたため、国労組合員らがスクラムを組み労働歌を高唱しながら右第二八号転換器の周囲を取巻くのを見て、被告人渡辺栄次郎もこれに加わり、右転換器の北三条駅側で他の国労組合員とともに横たえた角材を握つて当局側の右排除行為に対抗していたが、同日午前一〇時五〇分頃、前記のごとく櫛谷駅長の命を受けて右転換器操作のため同所に至り、妨害を排除しようとしていた坂田政雄らと激しく押し合ううち、右角材が折れたことから、被告人渡辺栄次郎はいきなり右坂田の胸倉を掴み「この野郎」などと言いながら同所から北三条駅側に引き摺り出す等の暴行を加え、以て右坂田の前記公務の執行を妨害し

(3) 被告人北沢勝は、同日午前一〇時五〇分頃、前記坂田が国労組合員の妨害を潜り抜けて右転換器の挺子を掴み、これを転換しようとした際、背後から両手で同人の腰を抱きかかえて後方に引張る等の暴行を加え、以て右坂田の前記公務の執行を妨害し

たものである。

B (不当処分等を理由とする抗議をめぐる事件)

(昭和33年11月18日より同年12月3日までの事件)

一、(経緯)

昭和三三年一一月一八日、新潟鉄道管理局は前記警職法改定反対第四次統一行動に参加し、職場を離脱した者に対する懲戒処分を発表し、東三条駅においても同日櫛谷駅長から約三〇名の職員に対し停職、減給等の懲戒処分の通告がなされた。

一方国労新潟地本においては数日前から当局側のかかる処分のあることを察知し、警職法改定反対第四次統一行動の際の派遣斗争委員であつた被告人桑原時男を再度東三条駅に派遣し、処分に対する抗議行動の指導に当らせていたが、一一月一八日東三条駅長櫛谷から前記懲戒処分の通告を受けるや、右処分を受けた者の中には一一月五日の当日は公休、非番であつて職場集会に参加しただけでその後の「職場占拠」等には加わらなかつた四名の国労組合員が含まれており、処分理由が事実に反するとして右処分が所属長である東三条駅長らの報告に基いたものであつたことから、東三条駅当局に対し直ちに処分の不当であることを抗議し、これが処分の撤回を求めることを決議するとともに、これが要求実現についての効果をあげるため所謂遵法斗争を行うことを決め、直ちに右斗争に突入した。

これに対し、東三条駅当局においては、新潟鉄道管理局からの団体交渉を含め一切の話し合いに応ずることを禁止する通達を理由に団体交渉その他一切の話し合いを拒否していたばかりか、駅長の要請、或は新潟鉄道管理局側の指令により数名の鉄道公安職員を連日東三条駅に派遣し、団体交渉または抗議申入れに赴いた国労組合員を駅長室から実力で排除するなどの挙に出たため、国労東三条運輸分会においては、前記処分の不当、櫛谷東三条駅長の措置、態度の不当を訴えるビラを駅構内に貼付して抗議の意思を内外に強く表明する戦術をとるに至つたが、右ビラの中には「くたばれ駅長」「どろぼうの大親分云々」等の文言の穏当でないものもあつたため、これを理由に櫛谷東三条駅長は鉄道公安職員や所謂第二組合員である国鉄新潟地方労働組合員に命じて右抗議ビラを剥ぎ取らせたばかりか、国労組合員に対しても業務命令と称して右ビラの剥離を命ずる有様で、かくして、東三条駅当局と国労との間は極めて険悪な対立関係が生ずるに至つた。

二、(罪となるべき事実)

(一)  被告人桑原時男は、右一一月一八日午後四時三〇分頃、前記東三条駅信越線上りホームに在る駅長事務室へ前示処分についての抗議に赴く途中、同ホーム南端作業道附近で遵法斗争中の弥彦線九四貨物列車の入換作業監視中の前記坂田政雄に対し「お前に個人的な話があるから駅長室へ来い」と申し向け、坂田が「今入換監視中だから行かれない」とこれを断つたところ、「お前は何時もこんなことをしているのか」と詰めより、同人が「今日は駅長の命令で監視している」と答えるや、「この野郎こつちへ来い」と言いながら右坂田の左手を掴んで同所から北西方約四米の地点にある電柱附近まで引張り、坂田が右電柱の足金具を右手で掴んで抵抗している際、被告人北沢勝も同所に来合わせ、ここに被告人両名は互に意思相通じ共同して、被告人桑原時男が右坂田の左腕を、被告人北沢勝が右腕を抱え上げたうえ、同所から同ホームに在る運転事務室まで連行する等の暴行を加え、以て右坂田の前記公務の執行を妨害し、

(二)  被告人樋口信司、同北沢勝の両名は、他の国労組合役員服部仁亮らとともに、昭和三三年一一月二七日午前九時三〇分頃、前記国労組合員に対する抗議ビラ剥離命令についての抗議等を目的として前記駅長事務室に赴いたが、櫛谷東三条駅長は被告人らとの交渉を拒否し、当初から同室に待機していた鉄道公安職員に対し同日午前一〇時を限り被告人らを退去させるよう指示した。

(1) 被告人樋口信司は、同日午前九時五〇分頃、前記駅長事務室において、駅長の机の前にあつた椅子に手をかけてこれに腰掛けようとした際、同駅助役坂田政雄が自席から飛び出して来て右椅子を被告人樋口信司の手から奪い取つたのに憤激し、左手で右坂田の襟首を掴み、右手でその左肩を押えて、同人を応接用のソフアーの方に引き倒し、更に後記(2)の仲裁に入ろうとした同人の襟元を掴んで引張る等の暴行を加え

(2) 被告人北沢勝、同樋口信司の両名は、同日午前一〇時頃、前同所において東三条駅長櫛谷直一が右坂田に対し鉄道公安職員の増員派遣を要請するよう指示したことに憤激し、被告人北沢勝が自席に坐つていた右櫛谷直一(当五一年)の襟首を掴んで机の前に引張り出し、被告人樋口信司が右櫛谷の背後から片手で襟首を掴み、片手で背中を押して押し出し、更にその頃右駅長事務室に来た被告人清野寅次郎もこれに加わり、右櫛谷の脚を足蹴にし、以て三名共同して暴行を加え

(三)  被告人鶴巻長人は、昭和三三年一二月三日午後一時五五分頃、前記東三条駅弥彦線ホームにおいて、折柄弥彦線第二二一列車の到着監視をしていた同駅予備助役市川悠見(当三七年)に対し、同人が同日午前中国労組合員がビラを貼つた処に鉄道公安職員を連れて行つたことに抗議したところ、同人が知らない旨答え更に「列車監視中だから前をどけろ」と言つたことに立腹し、いきなり右市川の脚部を足蹴にし、更に「お前、誰だ」と詰問されるやいきなり同人の顔面を手拳で殴打する等の暴行を加え、右市川の前記公務の執行を妨害し、その際右暴行により同人に対し治療約五日間を要する右下眼瞼部打撲傷、左足関筋部擦過打撲傷の傷害を負わせ

たものである。

C (市川助役の列車出発監視に対する抗議に基因する事件)

(昭和33年12月30日の事件)

一、(経緯)

昭和三三年一二月三〇日、業務妨害等被疑事件により新潟拘置所に勾留されていた桑原時男、北沢勝、樋口信司、渡辺栄次郎が釈放されたことから、国労東三条運輸分会では同日午後七時三〇分頃から同分会事務所前で北沢勝、樋口信司、渡辺栄次郎の三名を迎えて歓迎、激励集会を開いたが、同日午後一〇時頃、被告人吉川健助、同渡部薫、同清野寅次郎、同田沢重助の四名は東三条駅午後一〇時四分発上野行七一四列車(定刻より三分遅延)で帰宅する北沢勝らを見送るため連れ立つて前記分会事務所を出、信越線上りホームに赴く途中、弥彦線ホームから跨線橋に至つた頃発車予告ベルが鳴つていることに気付き、小走りに走つて信越線上りホームに赴くとともに、先に右ホームに到達した被告人吉川健助らが右列車の出発監視をしていた同駅予備助役市川悠見に対し、未だ乗客がある旨注意したが、右市川が後続の乗客に気付かず出発指示合図をしてしまつたため、北沢勝ら数名の乗客は動き出した列車に飛び乗つて乗車した。

二、(罪となるべき事実)

(1)  被告人吉川健助、同渡部薫、同清野寅次郎、同田沢重助の四名は、右列車発車直後である同日午後一〇時七分頃、前記信越線上りホーム階段附近において、右七一四列車の出発監視中の右市川悠見に対し、同人が被告人吉川健助らの前示のような注意を聞き、未だ乗客のあることを認識しながら、ことさらに発車(見切り発車)させたとして激昂し、互に意思相通じ共同して被告人吉川健助が「待てと言うのに何故待たんか」と言いながら右市川の袖口を片手で掴み、片手で襟元を掴んで数回揺すぶり、被告人清野寅次郎が右市川の腿を四、五回足蹴にし、被告人田沢重助も背後から同人の脚部を足蹴にし、更に被告人田沢重助、同渡部薫が交々同人に体当りして押し飛ばす等共同して暴行を加え、以て右市川の公務の執行を妨害し

(2)  被告人吉川健助、同清野寅次郎の両名は、同ホーム待合室附近で駅頭警備中被告人吉川らの前記(1)の犯行を目撃し、これを制止しようと走つて来た鉄道公安職員小師政悟(当四二年)に対し、同ホームの待合室と階段との中央附近で、互に意思相通じ共同して、被告人清野寅次郎が「小師何しに来た。労働者の怒りを見せてやる」等と言いながら片手で右小師の襟元を掴み、片手で同人の右手を掴み、被告人吉川健助が同人の左手を片手で掴み、片手で左襟元を掴んだうえ「お前達のお蔭で我々の仲間が四人も監獄に入つた。暴行、暴行というが暴行とはこうするんだ」等と言いながら交々同人の胸部を突き揺すぶり、更に被告人清野寅次郎が背後から右小師の足を持つて引張る等共同して暴行を加え、以て右小師の前記公務の執行を妨害し、その際右暴行により小師に対し治療約五日間を要する胸部打撲傷の傷害を負わせ

(3)  被告人清野寅次郎は、前記(2)の頃、同所附近において前記(2)の犯行を目撃し、これを制止しようと走つて来た鉄道公安職員長谷川代四男(当三四年)に対し、「お前も公安だな。お前なんか帰れ」と言いながら氏名不詳者一、二名と共同して右長谷川の顔面を手拳で殴打し、或は同人の左脚を抱え込んだうえ、同人の睾丸を強く手で掴む等の暴行を加え、以て右長谷川の前記公務の執行を妨害したが、その際右暴行により同人に対し治療約四日間を要する右側頬部打撲傷等の傷害を負わせ

(4)  被告人田沢重助は、同日午後一〇時一五分頃、前記(1)ないし(3)の犯行を目撃して信越線下りホームから線路を横切り信越線上りホームの放送室附近に上つて来た東三条駅貨物主任井田武文(当四五年)に対し、「お前みたいな余計なやつは帰れ」と言いながら同人の胸倉を押し、更に同人の股間を蹴り上げ、足払いを掛けて転倒させてその右肘をホームに強打させる等の暴行を加え、因つて同人に対し治療約一週間を要する右肘部鼠蹊部打撲傷の傷害を負わせ

(5)  被告人吉川健助は、同日午後一〇時一〇分過頃、一旦国労東三条運輸分会事務室に帰つていたが、間もなく清野寅次郎が鉄道公安職員に逮捕されたことを聞き、同日午後一〇時二〇分頃、若林善次郎とともに前記信越線ホームに在る運転事務室に赴き清野の所在を尋ねたのに対し、前記市川悠見が「清野のことは知らない」と答えるや、同人の胸倉を掴んで数回揺すぶる等の暴行を加え

(6)  被告人吉川健助は、同行していた若林善次郎から「清野はクラブに居るのではないか」と言われて一旦同所を立去つたが、同日午後一〇時三〇分再び前記運転事務室に赴いたうえ、前記市川悠見に対し、同人の胸倉を左手で掴み、右手で十能を振り上げながら「清野はいないか。殴るぞ、殺すぞ。お前らの一人や二人何でもない」等と申し向け、同人の身体に危害を加えかねない態度を示して脅迫し

(7)  被告人吉川健助は、前記(6)の犯行後、なおも清野の所在を探すべく右運転室から同ホームテルハ附近に至つた際、同所で出会つた東三条駅長櫛谷直一に対し、同人の両腕を掴み「清野はどこへ行つた」等と清野寅次郎の所在を尋ねたが、同人が知らない旨答えるや、「よし久し振りだな。今日はやつてやるぞ。よくも俺を処分したな」等と言いながら同人の右頬部を一回強打し、因つて同人に対し治療約三日間を要する右頬部打撲傷の傷害を負わせ

たものである。

(証拠の標目)(略)

(確定裁判)

被告人吉川健助は、昭和三五年六月一八日三条簡易裁判所において脅迫罪により罰金五、〇〇〇円に処せられ、右裁判が同年七月一二日確定したことは検察事務官作成の同被告人に対する前科調書によりこれを認める。

(法令の適用)

判示罪となるべき所為中被告人桑原時男の判示Aの第一の二の(1)の暴行、被告人北沢勝の判示Aの第一の二の(2)の暴行、被告人樋口信司の判示Bの二の(二)の(1)の暴行、被告人吉川健助の判示Cの二の(5)の暴行の各所為はいずれも刑法二〇八条、罰金等臨時措置法三条一項一号に、被告人桑原時男の判示Aの第二の二の(1)の公務執行妨害、被告人北沢勝の判示Aの第二の二の(3)の公務執行妨害、被告人渡辺栄次郎の判示Aの第二の二の(2)の公務執行妨害の各所為はいずれも刑法九五条一項に、被告人桑原時男、同北沢勝の判示Bの二の(一)の公務執行妨害、被告人吉川健助、同渡部薫、同清野寅次郎、同田沢重助の判示Cの二の(1)の公務執行妨害の各所為はいずれも刑法六〇条、九五条一項に、被告人北沢勝、同清野寅次郎、同樋口信司の判示Bの二の(二)の(2)の共同暴行の所為は暴力行為等処罰ニ関スル法律(昭和三九年六月二四日法律第一一四号による改正以前のもの)一条一項、刑法二〇八条、罰金等臨時措置法三条一項二号に、被告人吉川健助、同清野寅次郎の判示Cの二の(2)の公務執行妨害、傷害、被告人清野寅次郎の判示Cの二の(3)の公務執行妨害、傷害の各所為は刑法六〇条、九五条一項、二〇四条、罰金等臨時措置法三条一項一号に、被告人鶴巻長人の判示Bの二の(三)の公務執行妨害、傷害の各所為はいずれも刑法九五条一項、二〇四条、罰金等臨時措置法三条一項一号に、被告人田沢重助の判示Cの二の(4)の傷害、被告人吉川健助の判示Cの二の(7)の傷害の各所為はいずれも刑法二〇四条、罰金等臨時措置法三条一項一号に、被告人吉川健助の判示Cの二の(3)の脅迫の所為は刑法二二二条一項、罰金等臨時措置法三条一項一号にそれぞれ該当するところ、刑示Bの二の(三)およびCの二の(2)、(3)の各公務執行妨害と傷害の所為とはいずれも一個の行為で数個の罪名に触れる場合であるから刑法五四条一項前段、一〇条に則りいずれも重い傷害の罪の刑によつて処断することとし、なお各犯罪につき選択刑のある場合は所定刑中いずれも懲役刑を選択のうえ、被告人渡辺栄次郎、同渡部薫、同鶴巻長人についてはいずれも所定刑期範囲内で、また被告人吉川健助の判示各所為は前示確定裁判のあつた脅迫罪と刑法四五条後段の併合罪であるから同法五〇条に則り未だ裁判を経ていない判示各罪につき処断することとし同法四五条前段、四七条本文、一〇条に従い犯情最も重い判示Cの二の(2)の傷害の罪の刑に併合加重した刑期範囲内で、更にその余の被告人の各所為もすべて刑法四五条前段の併合罪であるからそれぞれ同法四七条本文、一〇条に則り、被告人桑原時男、同北沢勝についてはいずれも犯情最も重い判示Bの二の(一)の公務執行妨害の罪の刑に併合加重した刑期範囲内で、被告人樋口信司については犯情重い判示Bの二の(二)の(2)の共同暴行の罪の刑に併合加重した刑期範囲内で、被告人清野寅次郎については犯情最も重い判示Cの二の(2)の傷害の罪の刑に併合加重した刑期範囲内で、被告人田沢重助については犯情最も重い判示Cの二の(4)の傷害の罪の刑に同法四七条但書の制限に従い併合加重した刑期範囲内で、被告人桑原時男、同北沢勝、同吉川健助を各懲役六月に、被告人樋口信司、同清野寅次郎を各懲役四月に、被告人田沢重助、同鶴巻長人を各懲役三月に、被告人渡部薫、同渡辺栄次郎を各懲役一月に処し、被告人全員に対し刑の執行を猶予するを相当と認めるので、刑法二五条一項を各適用して、被告人桑原時男、同北沢勝、同吉川健助に対し各二年間、その余の被告人に対しては各一年間当該各刑の執行を猶予することとし、訴訟費用については刑事訴訟法一八一条一項本文、一八二条を各適用して主文三項のとおり被告人らに負担させる。

A  (弁護人らの主張に対する判断)

第一、公訴棄却の申立について

弁護人および被告人らは本件につき公訴棄却の申立をしているものの、その理由は判然としないが、

一、本件公訴の提起は、警職法改正反対行動に対する報復手段としてなされたものであつて、明らかに公訴権の濫用であり、従つて刑事訴訟法三三八条四号に言う公訴提起の手続がその規定に違反する場合に該当し無効である。

二、本件公訴の提起は労働組合そのものを犯罪団体視し、労働組合の争議行為をすべて犯罪視しているもので、仮に起訴状記載のごとき事実があつたとしても、これらの行為はすべて正当行為、正当防衛としてなされたもので違法性が阻却されるものであるから、結局同法三三九条一項二号に言う罪とならない事実に該当する

と言うことにあると思われる。

しかしながら、本件公訴の提起が警職法改正反対行動に対する報復手段としてなされたものとは解されないし、その他検察官の本件公訴の提起が、公訴権の濫用と認むべき事情は存しない。又刑事訴訟法三三九条一項二号の「起訴状に記載された事実が真実であつても、何ら罪とならないとき」とは公訴事実として起訴状に記載された事実そのものが犯罪とならない場合を指すのであつて、弁護人の言うような実体的審理を経てはじめて違法阻却事由の存否が判明し、犯罪の成立が否定されるような場合を指すものではない。

以上のとおり本件公訴の提起の手続は何ら違法無効とは認められないので、弁護人らの公訴棄却の主張は理由がない。

第二、昭和三三年一一月五日の被告人らの行為はすべて正当な争議行為であり、また抵抗権の行使によるものであるから違法性を阻却するとの主張について。

(弁護人の主張の要旨)

公共企業体等労働関係法(以下公労法と言う)一七条は、公共企業体等の職員の組合から争議権を剥奪しているが、右規定は日本国憲法(以下憲法と言う)二八条に違反し無効な規定である。従つて、公共企業体等の職員組合が公労法一七条に違反して争議行為を行つても違法な争議となるものではない。仮に同法条の違憲論を別としても、右のごとき争議行為の刑事責任については、労働組合法(以下労組法と言う)一条二項の刑事免責の適用をうけるものである。

本件被告人らの所為は、国労本部の指令に基き警職法改定反対とその他当面する諸要求についての抗議の集団的意思表明を目的とし、新潟地本の組合活動として行われたものであるから、刑事上も正当である。また政府与党が絶対多数の議席を利用し、権力をもつて憲法の精神を侵害し、憲法を危険にさらすような虞れのある場合、それを阻止するための抵抗は、破壊的な抵抗でない限りむしろ国民としての憲法を守る義務に基くものでかかる場合は政治ストと雖も違法ではない。

(当裁判所の判断)

一、1、まず、被告人桑原時男、同北沢勝、同渡辺栄次郎の判示Aの第二の二の(1)ないし(3)の行為が、前判示のとおりいずれも警職法改正反対抗議を主目的とし、これに賃金改正についての仲裁々定の完全実施、年末手当に関する要求をも含め、これが意思表示のため、国労本部の決議、国労新潟地本の指令に基いてなされた三時間の勤務時間内職場集会、および右集会を効果あらしめるための弥彦線南部二八号転換器附近のピケツテイングに附随して生じた事件であつて、右勤務時間内職場集会と言う統一行動は、国労の組織行動として国鉄当局側の管理意思に反して職員が職場を離脱し、所定の執務をせず、国鉄の正常な運営を阻害するものであるから、所謂争議行為に該当するものであり、右争議行為は警職法改正反対という国家機関に対する法律案通過反対の意思表示に向けられた所謂政治的抗議ストと認めざるを得ない。国労においては右第四次統一行動に際し仲裁々定の完全実施、年末手当要求等経済目的をも掲げていたが、この要求は右のような警職法改定反対第四次統一行動と言う主目的が決定され、その行動の実行に際して全く附随的になされ、その比重は極めて小さかつたものと認められるものであるから、これをもつて使用者に対する主張要求をめぐつてなされる一般の争議行為(所謂経済スト)と同一視することはできず、本件争議行為は警職法改正反対と言う政治的意思の表示を目的とする政治的抗議ストと評価せざるを得ない。

2、ところで公労法一七条は、公共企業体等の職員およびその組合に対し、目的の如何を問わず同盟罷業、怠業、その他業務の正常な運営を阻害する一切の行為を禁止しているから、同法条に違反してなされた争議行為について労組法一条二項の適用があるかどうかがまず問題となるが、労働組合の団体交渉その他の行為が労働法上の保護をうけ得るためには、その目的において、労組法一条一項、二条、公共企業体等の職員組合の場合には更に公労法八条等の規定により、労働者の経済的地位の向上を主目的とし、使用者において法律的ないし事実的に処理し得る事項に属する限度のものでなければならないところ、所謂政治ストの場合には右の目的を欠くから、労組法一条二項、従つて刑法三五条の適用はないといわざるを得ない(この点では国労も一般労組の場合と同一であり、国労の場合には特に公労法一七条をその理由とするものではないから、同法条が憲法二八条に違反するかどうかについて、また同法条違反の経済ストの場合に労組法一条二項の適用があるかどうかについては、本件に関係がないので特に判断をしない。)。

しかしながら、所謂政治ストは、通常目的が政治的措置要求か、政治的抗議ないし示威であるか、強制の強度が継続的な集団的就労放棄か、一時的な就労放棄かにより、所謂政治斗争スト(真正政治スト)と政治的抗議(示威)ストに区別されているが、いずれにせよそれが労使の団体交渉によつては解決できない事項の実現のためになされ、使用者に対し、右争議行為から生じる結果の甘受を強いるという点で明確に一般の経済ストと異り、通常労働法上違法とされ、従つて労組法一条二項等の労働法上の保護はうけ得ず、刑法三五条による刑事免責をもうけ得ないものであること前説示のとおりであるが、政治ストであることを理由に、かかる争議行為(としてなされた犯罪構成要件充足行為)をすべて刑事上においても当然可罰的行為であると評価しなければならない理由は存しない。すなわち、労働組合の争議行為等の団体行動が労働法上の規範に違反することにより労働法上違法とされる場合であつても、この違法は当該労働法規範の範囲内で違法とされるにすぎず、労働法秩序を含めて、社会一般の法秩序全般から、争議行為の全体としての違法性(行為の実質的違法性)を問題とする刑法上の違法判断からは、なお適法の判断を加える余地は存すると言わねばならない。特に弁護人主張のごとく、本件政治ストが現憲法秩序を侵害する虞れのある公権力(政府与党の政治権力)の行使と言う緊急状態のもとで、これに対する抗議として敢行された場合には、(イ)その理由の当否のほか、(ロ)憲法一二条に所謂国民の憲法保持義務(弁護人の主張する「抵抗権」)、(ハ)民主々義体制下における三権分立および議会主義の理念に対する充分なる理解と配慮のもとに、緊急状態の態様程度と対比し、問題の政治ストの態様程度が、民主々義的法治国家として許容し難い高度の良俗違反としての非難に価すると認められない限り、刑事上、自救行為、正当防衛、緊急避難等の要件を具有しない場合であつても、なお社会的相当な行為として適法の判断を加える余地は存すると言わねばならない(なお、附言すると、前記(イ)の理由の当否については、三権分立に基く司法権の限界から、現在審議中の法案の場合にはその当否の判断は問題となるが、警職法改正法案は既に廃案となつていること公知の事実であるから、かかる場合には必ずしも三権分立の理念に反するものではないと考える。)。

3、これを本件について考察するに、被告人らが本件統一行動をとるに至つた窮極の動機、目的は、右のとおり、政府提出の警職法改正案に対する反対、抗議であつたが、我国の過去の労働運動の歴史、行政機関における労働運動に対する無理解、改正案の内容を顧慮するとき、改正案の内容そのものが直接労働運動の弾圧や基本的人権の侵害を規定したものではなかつたにしても、その運用如何によつては現行警職法に比し労働運動、言論、集会の自由等基本的人権を侵害するに至る危険が生じ得る虞れのあつたことは否めないところであり、また右改正案成立に対する政府の態度、国会における審議状況等を綜合勘案するとき、被告人らが右改正案に対し反対意思の表明を意図したことは何等非難されることではない。

しかしながら、前判示の警職法改正反対示威行動は、単なる自由な職場集会或は示威行動に止まらず、たとえ右示威の意思を内外に強く表明するためとは言え、前認定のとおり、国鉄東三条駅の転換器を数十名の集団の力で次々と占拠して国鉄当局の列車の正常な運行を一時的にせよ不能に陥れ、当局側の排除行為に対し、実力を以て対抗したもので、前記改正法案が未だ法案審議の段階で、その違憲性も将来における運用上のもので、必ずしも客観的に明白であるとは言難いことと対比し、右統一行動(政治スト)は少くとも結果的には民主々義的法治国家として許容し難い高度の良俗違反としての非難を免れないと言わねばならない。ところで被告人らの本件各所為は、右統一行動における前判示弥彦線第二八号転換器の占拠のためにする意図を以てなされたものであること明白であり、刑事上違法性を阻却さるべき行為には該当しないものと解すべきであるから、弁護人らの右主張は採用しない。

二、被告人桑原時男、同北沢勝の判示Aの第一の二の(1)、(2)の各所為については、前判示の経緯より正当な組合活動とは認め難いから、弁護人の主張は理由がない。

第三、昭和三三年一一月一八日、同月二七日、同年一二月三日の被告人らの各所為はいずれも国労側の団体交渉の申入れに対する国鉄当局側の団交拒否と言う事態から生じたもので、団体交渉権の行使による行為であるから、被告人らの各所為は正当行為であるとの主張について。

被告人らの各犯行が、判示認定のとおり、国労組合員に対する懲戒処分についての撤回要求、理由の説明要求、或は国労組合員のビラ貼り活動に対する駅当局側の介入に対する抗議等に附随して生じたものであるが、国労側の団交申入れの正当性、これに対する国鉄当局側の不当な団交拒否、これから生じた険悪な対立関係等を考慮すると、被告人らが右のような抗議行動等を意図したことはその目的において非難すべき点はないが、被告人らの判示暴行行為はいずれも労組法一条二項の「正当な行為」の範囲を逸脱したものと認めざるを得ないので、弁護人らの右主張は採用しない。

第四、公務執行妨害罪は成立しないとの主張について。

弁護人は、国鉄および国鉄職員の法的性格および刑法七条、日本国有鉄道法三四条一項等から、国鉄の職員については業務妨害罪の適用はあつても公務執行妨害罪の適用はないと主張する。

しかしながら、日本国有鉄道法三四条一項を、弁護人主張のごとく国鉄の役員、職員についてそれらの者が刑法その他の罰則の適用を受ける場合に公務員とみなされる趣旨を規定したものと解することは首肯し得ない。日本国有鉄道法三四条一項、刑法七条、九五条一項の文理および国鉄が事業の合理的能率的運営を図るため国の機関から公共企業体となつたが、その事業は高度の公共的性格を有し国の強い統制を受け、国鉄の役員、職員もその業務の公共的性格から公務員に近い取扱いを受けている事情を考えると、およそ刑法の適用については、国鉄の役員、職員は自らが罰則の適用を受ける場合に限らず刑法七条の公務員とみなされ、その職務の執行については刑法九五条一項所定の公務執行妨害罪が成立し得ると解すべきであるから、弁護人の右主張は採用しない。

B(本件公訴事実中犯罪の成立を認めない部分についての判断)

第一、被告人北沢勝、同樋口信司、同清野寅次郎に対する無罪部分

被告人北沢勝、同樋口信司、同清野寅次郎に対する本件公訴事実中

「被告人北沢勝、同樋口信司、同清野寅次郎は共謀のうえ、昭和三三年一一月二二日午前一一時四五分頃、三条市田島所在日本国有鉄道東三条駅々長事務室において、急行第五〇一旅客列車の監視、監督等のため制帽を被つて出場せんとした同駅々長櫛谷直一(当五一年)を阻止するため同駅長の前面に立塞がり、被告人北沢において「まだ話が済んでいないのだから出す訳には行かぬ」と怒鳴りながら両手で同駅長の両肩を押し、さらにその制帽を取つたりし、被告人樋口において「だめだ、だめだ」と怒鳴りながら両手で同駅長の胸や肩を押えて押し返したりし、被告人清野において同駅長の肩を両手で押し返したりしてそれぞれ暴行をくわえ、以て同駅長の前記公務の執行を妨害した」

と言う点については、

一、第五回公判調書中の証人櫛谷直一の供述記載(五一四丁以下)(中略)

によれば、「被告人北沢勝、同樋口信司、同清野寅次郎三名は、昭和三三年一一月二二日午前一一時四五分頃、三条市田島所在日本国有鉄道東三条駅々長事務室において、急行第五〇一号旅客列車(日本海)の出発監視監督のため制帽を被つて出場しようとした同駅々長櫛谷直一(当五一年)に対し、被告人樋口において同事務所出入口附近で両手を拡げて立塞がり、被告人ら三名において交々「だめだ、だめだ。まだ話がある」と言つて右櫛谷駅長の肩や腕を押して押し戻し、被告人北沢において同駅長の制帽をとつて机の上に投げ、同駅長がなおも右帽子を被つて室外に出ようとするのを、被告人ら三名において前同様これを阻止したため、櫛谷駅長は室外に出ることを断念し、右公務の執行ができなかつた」事実を認定することができ、右事実によれば、被告人ら三名の右櫛谷駅長に対する所為は刑法九五条に言う公務執行妨害の共同正犯としてその犯罪構成要件を充足し、従つて形式的には違法性を推認せしめるものである。

(違法性阻却事由の有無について)

一、当裁判所の認定した事実

前掲各証拠の外

一、第六〇回公判廷における被告人北沢勝、同樋口信司、同清野寅次郎の各供述(中略)

を綜合すると、大略次の事実が認められる。

1、昭和三三年一一月一八日新潟鉄道管理局は、前判示のごとく国労組合員らが行つた同年一一月五日の警職法改定反対統一行動の際、職場集会に参加し国鉄の列車運行業務を阻害したと目される職員に対し懲戒処分を行うとともに、東三条駅所属の職員約三〇名に対しても、同日東三条駅長櫛谷直一を通じ「昭和三三年一一月五日の東三条地区における斗争に際し、東三条駅構内において東三条駅長の退去命令に服さず、作業を阻止し、業務に支障を与えた」として停職、減給、戒告の各処分を通告したが、これら処分はすべて現場長である櫛谷東三条駅らの上申書或は報告書に基いて新潟鉄道管理局がなしたものであつたこと。これに対し国労新潟地本は、前判示のごとく前記約三〇名の被処分者のうち番場久司外三名に対する分は、同人らがいずれも一一月五日の斗争当日非番或は公休者で職場離脱の問題の生ずる余地がないのみでなく、いずれもこれに附随するピケツトにも参加していなかつたにも拘らず、同人らが職場を離脱しかつ転換器を占拠して列車の運行作業を阻害したとしてなされた違法な処分であるとして、国労新潟地本西吉田支部において直ちに東三条駅長ら当局に対し処分理由の説明を求めるため団体交渉を行わしめることを決め、更に斗争委員桑原時男を派遣し、その指導のもとに、右抗議の意思を強力に表明し、処分撤回要求を実効あらしめるため所謂遵法斗争を行うことを決議し、同日正午頃から東三条駅において遵法斗争に突入したが、その後東三条運輸分会は前記派遣斗争委員桑原時男、国労新潟地本西吉田支部執行委員兼同支部東三条運輸分会副委員長北沢勝、右西吉田支部執行委員丸山清、同支部東三条運輸分会執行委員長樋口信司、同分会執行委員服部仁亮、同分会東三条駅班副委員長清野寅次郎、同副委員長渡辺栄次郎を交渉委員として同年一一月一八日、一九日、二〇日、二一日と連日交渉を東三条駅長に申入れたが拒絶されたため、一一月二一日再び国労東三条運輸分会事務所において国労新潟地本西吉田支部、同支部東三条運輸分会、同分会東三条駅班の合同役員会議を開き、前記番場ら四名に対する処分問題ばかりでなく、駅仮待合室および信越線上りホームに在る便所汲取改善問題等を含めて交渉を行うことを決め、交渉委員に被告人北沢勝、同樋口信司、同清野寅次郎のほか前記丸山、服部、渡辺を任命したこと。

2、昭和三三年一一月二二日午前一〇時四〇分頃、被告人北沢勝、同樋口信司、同清野寅次郎は、前日の前記合同会議の決定に基き、丸山清、若林善次郎ら組合役員とともに櫛谷東三条駅長、同駅坂田助役ら東三条駅当局と前示各問題について団体交渉を行うべく東三条駅々長事務室に赴き、櫛谷駅長らに対し交渉の申入れをし、前記懲戒処分についての抗議をするとともに、右処分の資料となつた上申書或は報告書の内容の説明を求める一方、前示各交渉事項についての組合側からの事実の説明、意見を述べ、これに対する回答を求めたが、櫛谷駅長においては処分に不服があるならば不服申立の手続を取れとか、通達によつて一切の話し合いには応じられないとか、各職場の問題はその職場の長を通じて要求してくれ、等と言つて全く交渉に応じないばかりか、退去時間を示して退去を要求したため、被告人北沢勝、同樋口信司、同清野寅次郎らは櫛谷駅長の右措置の不当であることを強く抗議するとともに、交渉に応ずるよう要求を続けていたところ、同日午前一一時四五分頃、櫛谷駅長が制帽を着用したうえ「五〇一列車に出る」とか「小便に行く」等と言いながら自席を立ち出口の方に歩きかけたので、被告人らは同駅長をして交渉の場にひきとめるため本件所為におよんだもので、その際同駅長に対し殴るとか突き飛ばす等の所謂暴力的な行為はなかつたこと。

3、一方国鉄当局は、国労が被解雇職員を組合役員とする限り公労法四条三項に違反する組合で、適法な代表者を欠く所謂「首なし組合」であることを理由としてかかる組合を相手方として団体交渉を行うことは不可能であるとして団体交渉を含め一切の話し合いに応じない態度をとり、新潟鉄道管理局は昭和三三年二月局長名で国労新潟地本に対し、執行委員長、副委員長、書記長三役がいずれも被解雇職員であることを理由にこの旨通告するとともに駅長その他各現場長に対してもこの旨通達したこと。櫛谷東三条駅長は、昭和三三年二月前記新潟鉄道管理局長名の通達を受けるまでは東三条駅として、その対応機関である国労東三条運輸分会と交渉を行つて来ていたが、前判示のごとく、右通達以降これを理由として一切の話し合いを拒否したうえ、前示第四次統一行動後は常に鉄道公安職員を東三条駅に配置させ、交渉に赴いた国労組合員を実力で駅長室から退去せしめる等の方針を固持していたこと。

4、櫛谷東三条駅長は所謂日勤駅長であつたことから、新潟鉄道管理局の指示に基き列車運転業務自体には従事しておらず、列車の到着、出発、入換監視等はすべて助役、運転係をして所謂当務駅長として従事させており、これまで櫛谷駅長が主要列車の発着の際ホームに出場することはあつたが、その場合でも直接列車運行の業務すなわち列車の構内進入から貨客の荷扱、乗降完了の確認、出発合図または出発指示合図の実行、構内離脱の確認までの列車監視に従事する当務駅長は別におり、櫛谷駅長は右列車監視の監督として出場していたもので、ホームへの出場は義務づけられていなかつたこと。そして本件五〇一列車については当然東三条駅予備助役市川悠見が当務駅長として右列車の到着、出発監視に従事しており、被告人らの本件所為により右列車の正常な運行が阻害されたことはなかつたこと。

二、右事実に対する当裁判所の判断

(一)  国鉄当局の団交拒否の当否について

公労法四条三項は「公共企業体等の職員でなければ、その公共企業体等の職員の組合の組合員又はその役員となることができない」と規定し、公共企業体等の職員以外の者の組合加入の自由、役員選出の自由を制限しているから、公共企業体等を解雇された者は当然に組合員又は組合役員に止まり得ないことになる。ところで、憲法二八条は勤労者の団結する権利を保障しているが、一般労組の場合に使用者において右のような逆締めつけ規定を強要することは憲法二八条の保障する労働基本権を侵害する不当労働行為となることは明らかであるが、一般労組の場合不当労働行為となるような措置が公共企業体等の職員組合に対し法律で規定されねばならない理由は存在しない。公労法がかかる規定をした理由としては、公共企業体等の特殊な性格に基いて、その企業の職員でないものが組合に加入することは、「公共企業体および国の経営する企業の正常な運営を最大限に確保すること」ができない事態を生ずる危険があるとの考えによるものと解されるが、公共企業体等の特質であるその社会的機能のもつ社会性、公益性および独占性をもつてしても、かかる団結権の制限の合理性を肯認することはできない。のみならず、憲法九八条二項は、日本国が締結した条約および確立された国際法規はこれを誠実に遵守することを必要とする旨規定しているから、前記公労法四条三項が憲法二八条に違反するかどうかについての判断は、右九八条の法意に基いてしなければならないが、右公労法四条三項は確定された国際法規である結社の自由および団結権の保護に関する条約(一九五〇年七月四日発効ILO第八七号条約)二条、三条にてい触することは明らかであり、この意味からも右公労法の規定は、如何なる者を組合員とし、組合役員に如何なる者をあてるかを組合が自主的に決定すると言う団結権の本質的な部分に対する使用者の支配介入を法定するもので、憲法二八条に違反すると言わざるを得ない。

従つて、国労中央本部或は国労新潟地本の組合三役が解雇職員であり、それ故に国労が公労法四条三項に違反する組合であるとして国労およびその下部組織である国労新潟地本、同支部更に東三条運輸分会との団体交渉を含む一切の話し合いを拒否した国鉄本社、新潟鉄道管理局、東三条駅当局の行為は労組法七条二号に違反する不当労働行為であると言わざるを得ない。

(二)  被告人らの団体交渉申入れの当否について

次に被告人らの東三条駅長櫛谷直一に対する団体交渉の申入れの当否について検討すると、公共企業体等の職員組合は単一組織であるから、中央において基本的な団体交渉手続を協定し、これに基いて中央交渉および地方交渉の手続が定められるのが普通であろうが、中央における基本協定がない場合でも、各地方本部、支部、分会等が使用者との対向関係を前提として労働者が主体となつて自主的に結成され、独立の組織を有して労組法二条の要件を備える場合には、それぞれ独自の交渉権をもち、交渉委員を指名し、これに対応する公共企業体の下部機関に対し団体交渉の申入れをなし得ると言わねばならない。而して国労新潟地本西吉田支部、同支部東三条運輸分会はいずれも右のごとき独自の交渉権を有し、東三条駅当局は右組織と対向関係に立つ使用者の下部機関と解すべきであるところ、前段認定の各事実からすれば、被告人北沢勝、同樋口信司、同清野寅次郎の三名は、いずれも前記合同会議において交渉委員として指名され正当な交渉権限を有しており、交渉事項も懲戒処分の不当を理由とするものであつたが、櫛谷東三条駅長から提出された上申書或は報告書が右処分の根拠となつていたところから、その理由、内容の説明を求めこれが不当を理由として右上申書等の修正又は撤回を要求するため団体交渉の申入れをしたものであるから、正当なる交渉の申入れであつて、使用者側においてこれに応ずべき義務があると言わねばならない。また改築中の駅仮待合室、信越線ホームの便所の改善問題は、一見公労法八条但書の「公共企業体等の管理運営事項」に該当するかに見えるが、これらはすべて職員の勤務場所、労働に関する安全、衛生と密接に関連し、しかもこれらは東三条駅当局について交渉事項となるべきものであつて、すべて正当な交渉事項と解すべきであるから、これに対して交渉を拒否するいわれはないと言わねばならない。(なお、被告人らの交渉申入れの時、場所、方法等については、そのすべてが必ずしも妥当であるとは解し難い点もあるが、使用者側において交渉を拒否する理由が右の点にあるのでなく、前判示の理由で団交を含む一切の話し合いに応じられないと言う態度を表明している情況下においては、これをもつて直ちに交渉権の濫用として不当であると断じ難い。)

(三)  被告人らの行為の正当性について

以上の次第で被告人らが櫛谷東三条駅長に対し申入れた団体交渉は正当な組合活動と言うべきであり、本件各所為は同駅長が右交渉の場から立ち去ろうとするのを阻止しようとしてなされたものであることは前認定のとおりであるが、同駅長が前判示のとおり列車監視の監督のため室外に退去しようとした際「小便に行く」とも言つているところから、被告人らにおいて、同駅長が列車監視の監督もさることながら、義務付けられていない監視監督にあえて出場しようとするのは、交渉の場から逃避しようとしているものと考え、これを阻止しようとすることは無理からぬことであり、前判示のごとく被告人らの所為が、特段暴力的なものと言うことはできず、またこれにより列車の運行自体には何等支障を来さなかつたことを併せ考えると、被告人らの本件所為は労組法一条二項本文に言う労働組合の正当な行為の域を越えるものとは言難く、従つて刑法三五条により行為の実質的違法性を阻却し、結局本件は、被告事件が罪とならないときに該当するので、刑事訴訟法三三六条に則り、被告人らに対し無罪の言渡をする。

第二、被告人吉川健助に対する暴行罪の成否

被告人吉川健助に対する本件公訴事実中

「被告人吉川は、昭和三三年一二月三〇日午後一〇時三〇分頃、東三条駅信越線上りホーム運転事務室において、当務駅長市川悠見の胸倉を掴んで数回強く揺すぶり、暴行を加えながら所携の十能を振り上げて「殴るぞ、殺すぞ、お前らの一人や二人何んでもない」と申し向け、その生命、身体に害を加うべきことを以て脅迫した」

との公訴事実中、右「胸倉を掴んで数回揺すぶる」行為を以て検察官は、暴行罪に該当し、脅迫罪と併合罪の関係に立つと言うにある。しかしながら、前判示Cの二の(6)のとおり被告人吉川健助が市川悠見の胸倉を掴んだ事実は認められるが、検察官主張のような市川悠見の胸倉を掴んで数回強く揺すぶる等の暴行を加えた事実は認められず、右胸倉を掴む行為は本件全体から評価するとき、前示認定のとおり、片手で胸倉を掴み片手で十能を振り上げながら「殴るぞ、殺すぞ、お前らの一人や二人何んでもない」旨の害悪の告知がなされていた際の行為であつて、同じ有形力の行使と認められる「十能の振り上げ」行為と各別に評価すべきでなく、これらの行為は包括して態度行為による害悪告知、即ち全体として一個の脅迫行為が成立し、その一部につき格別に暴行罪が成立するとは認め難い。しかしながら、被告人吉川の右所為については脅迫罪の構成要件を充足する行為の一部として刑罰的評価を加え得る本件では、同被告人に対する前記暴行の公訴事実については特に無罪の言渡をしない。

C(罪数についての説明)

検察官は、被告人樋口信司の昭和三三年一一月二七日駅長事務室における同駅助役坂田政雄に対する暴行行為は二個の暴行罪が成立し、併合罪の関係に立つと主張するけれども、判示Bの二の(二)の(1)で認定のとおり、同じ駅長事務室内であり、短時間内に経緯は異るにせよ、単一の犯意で同一被害者に対する連続した二回の暴行行為であるから、包括して一個の暴行罪が成立すると解する。

よつて主文のとおり判決する。

(裁判官 石橋浩二 石田恒良 小川喜久夫)

(別紙)(略)

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